坊っちゃん - 【一】 - 《13》
その年の四月におれはある私立の中学校を卒業する。
六月に兄は商業学校を卒業した。
兄は何とか会社の九州の支店に口があって行《ゆ》かなければならん。
おれは東京でまだ学問をしなければならない。
兄は家を売って財産を片付けて任地へ出立《しゅったつ》すると云い出した。
おれはどうでもするがよかろうと返事をした。
どうせ兄の厄介《やっかい》になる気はない。
世話をしてくれるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云い出すに極《きま》っている。
なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。
牛乳配達をしても食ってられると覚悟《かくご》をした。
兄はそれから道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多《がらくた》を二束三文《にそくさんもん》に売った。
家屋敷《いえやしき》はある人の周旋《しゅうせん》である金満家に譲った。
この方は大分金になったようだが、詳《くわ》しい事は一向知らぬ。
おれは一ヶ月以前から、しばらく前途の方向のつくまで神田の小川町《おがわまち》へ下宿していた。
清は十何年居たうちが人手に渡《わた》るのを大いに残念がったが、自分のものでないから、仕様がなかった。
あなたがもう少し年をとっていらっしゃれば、ここがご相続が出来ますものをとしきりに口説いていた。
もう少し年をとって相続が出来るものなら、今でも相続が出来るはずだ。
婆さんは何《なんに》も知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じている。