坊っちゃん - 【一】 - 《19》
この三年間は四畳半に蟄居《ちっきょ》して小言はただの一度も聞いた事がない。
喧嘩もせずに済んだ。
おれの生涯のうちでは比較的呑気《ひかくてきのんき》な時節であった。
しかしこうなると四畳半も引き払わなければならん。
生れてから東京以外に踏み出したのは、同級生と一所に鎌倉《かまくら》へ遠足した時ばかりである。
今度は鎌倉どころではない。
大変な遠くへ行かねばならぬ。
地図で見ると海浜で針の先ほど小さく見える。
どうせ碌な所ではあるまい。
どんな町で、どんな人が住んでるか分らん。
分らんでも困らない。
心配にはならぬ。
ただ行くばかりである。
もっとも少々面倒臭い。