坊っちゃん - 【三】 - 《40》
おれの顔を見てみんなわあと笑った。
おれは馬鹿馬鹿しいから、天麩羅を食っちゃ可笑《おか》しいかと聞いた。
すると生徒の一人《ひとり》が、しかし四杯は過ぎるぞな、もし、と云った。
四杯食おうが五杯食おうがおれの銭でおれが食うのに文句があるもんかと、さっさと講義を済まして控所へ帰って来た。
十分立って次の教場へ出ると一つ天麩羅四杯なり。
但《ただ》し笑うべからず。
と黒板にかいてある。
さっきは別に腹も立たなかったが今度は癪《しゃく》に障《さわ》った。
冗談《じょうだん》も度を過ごせばいたずらだ。
焼餅《やきもち》の黒焦《くろこげ》のようなもので誰《だれ》も賞《ほ》め手はない。
田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで押《お》して行っても構わないと云う了見《りょうけん》だろう。
一時間あるくと見物する町もないような狭《せま》い都に住んで、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露《にちろ》戦争のように触《ふ》れちらかすんだろう。
憐《あわ》れな奴等《やつら》だ。
小供の時から、こんなに教育されるから、いやにひねっこびた、植木鉢《うえきばち》の楓《かえで》みたような小人《しょうじん》が出来るんだ。
無邪気《むじゃき》ならいっしょに笑ってもいいが、こりゃなんだ。
小供の癖《くせ》に乙《おつ》に毒気を持ってる。
おれはだまって、天麩羅を消して、こんないたずらが面白いか、卑怯《ひきょう》な冗談だ。
君等は卑怯と云う意味を知ってるか、と云ったら、自分がした事を笑われて怒《おこ》るのが卑怯じゃろうがな、もしと答えた奴がある。
やな奴だ。
わざわざ東京から、こんな奴を教えに来たのかと思ったら情なくなった。
余計な減らず口を利かないで勉強しろと云って、授業を始めてしまった。
それから次の教場へ出たら天麩羅を食うと減らず口が利きたくなるものなりと書いてある。
どうも始末に終えない。
あんまり腹が立ったから、そんな生意気な奴は教えないと云ってすたすた帰って来てやった。
生徒は休みになって喜んだそうだ。
こうなると学校より骨董の方がまだましだ。