坊っちゃん - 【六】 - 《69》
こんな奴《やつ》は沢庵石《たくあんいし》をつけて海の底へ沈《しず》めちまう方が日本のためだ。
赤シャツは声が気に食わない。
あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せてるんだろう。
いくら気取ったって、あの面じゃ駄目《だめ》だ。
惚《ほ》れるものがあったってマドンナぐらいなものだ。
しかし教頭だけに野だよりむずかしい事を云《い》う。
うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応もっとものようでもある。
はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐《やまあらし》がよくない奴だから用心しろと云うのらしい。
それならそうとはっきり断言するがいい、男らしくもない。
そうして、そんな悪《わ》るい教師なら、早く免職《めんしょく》さしたらよかろう。
教頭なんて文学士の癖《くせ》に意気地《いくじ》のないもんだ。
蔭口《かげぐち》をきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな男だから、弱虫に極《き》まってる。
弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。
親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違《ちが》う。
それにしても世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気のあった友達が悪漢《わるもの》だなんて、人を馬鹿《ばか》にしている。
大方|田舎《いなか》だから万事東京のさかに行くんだろう。
物騒《ぶっそう》な所だ。
今に火事が氷って、石が豆腐《とうふ》になるかも知れない。
しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらをしそうもないがな。
一番人望のある教師だと云うから、やろうと思ったら大抵《たいてい》の事は出来るかも知れないが、――第一そんな廻《まわ》りくどい事をしないでも、じかにおれを捕《つら》まえて喧嘩《けんか》を吹き懸《か》けりゃ手数が省ける訳だ。
おれが邪魔《じゃま》になるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してくれと云や、よさそうなもんだ。
物は相談ずくでどうでもなる。
向《むこ》うの云い条がもっともなら、明日にでも辞職してやる。
ここばかり米が出来る訳でもあるまい。
どこの果《はて》へ行ったって、のたれ死《じに》はしないつもりだ。
山嵐もよっぽど話せない奴だな。