坊っちゃん - 【六】 - 《79》
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけで極めたって仕様があるか。訳があるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方がもっともだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余《あ》まされているんだ。いくら下宿の女房だって、下女たあ違うぜ。足を出して拭《ふ》かせるなんて、威張《いば》り過ぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」
「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物《かけもの》を一|幅《ぷく》売りゃ、すぐ浮《う》いてくるって云ってたぜ」
「利いた風な事をぬかす野郎《やろう》だ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸《がか》りを云うような所へ周旋《しゅうせん》する君からしてが不埒《ふらち》だ」
「おれが不埒か、君が大人《おとな》しくないんだか、どっちかだろう」