坊っちゃん - 【六】 - 《87》
見るとパイプをしまって、縞《しま》のある絹ハンケチで顔をふきながら、何か云っている。
あの手巾《はんけち》はきっとマドンナから巻き上げたに相違《そうい》ない。
男は白い麻《あさ》を使うもんだ。
「私も寄宿生の乱暴を聞いてはなはだ教頭として不行届《ふゆきとどき》であり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったのを深く慚《は》ずるのであります。
でこう云う事は、何か陥欠《かんけつ》があると起るもので、事件その物を見ると何だか生徒だけがわるいようであるが、その真相を極めると責任はかえって学校にあるかも知れない。
だから表面上にあらわれたところだけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のためによくないかとも思われます。
かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯《いたずら》をやる事はないとも限らん。
でもとより処分法は校長のお考えにある事だから、私の容喙《ようかい》する限りではないが、どうかその辺をご斟酌《しんしゃく》になって、なるべく寛大なお取計《とりはからい》を願いたいと思います」