坊っちゃん - 【六】 - 《89》
狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、まずい事を喋舌《しゃべ》って揚足《あげあし》を取られちゃ面白くない。
ちょっと腹案を作ってみようと、胸のなかで文章を作ってる。
すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。
野だの癖に意見を述べるなんて生意気だ。
野だは例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊《とっかん》事件は吾々《われわれ》心ある職員をして、ひそかに吾《わが》校将来の前途《ぜんと》に危惧《きぐ》の念を抱《いだ》かしむるに足る珍事《ちんじ》でありまして、吾々職員たるものはこの際|奮《ふる》って自ら省りみて、全校の風紀を振粛《しんしゅく》しなければなりません。
それでただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮《こうけい》に中《あた》った剴切《がいせつ》なお考えで私は徹頭徹尾《てっとうてつび》賛成致します。
どうかなるべく寛大《かんだい》のご処分を仰《あお》ぎたいと思います」と云った。
野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列《ちんれつ》するぎりで訳が分らない。
分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。