坊っちゃん - 【七】 - 《100》
巾着切《きんちゃくきり》の上前をはねなければ三度のご膳《ぜん》が戴《いただ》けないと、事が極《き》まればこうして、生きてるのも考え物だ。
と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊《くく》っちゃ先祖へ済まない上に、外聞が悪い。
考えると物理学校などへはいって、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、六百円を資本《もとで》にして牛乳屋でも始めればよかった。
そうすれば清もおれの傍《そば》を離《はな》れずに済むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮《くら》される。
いっしょに居るうちは、そうでもなかったが、こうして田舎《いなか》へ来てみると清はやっぱり善人だ。
あんな気立《きだて》のいい女は日本中さがして歩いたってめったにはない。
婆さん、おれの立つときに、少々|風邪《かぜ》を引いていたが今頃《いまごろ》はどうしてるか知らん。
先だっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。
それにしても、もう返事がきそうなものだが――おれはこんな事ばかり考えて二三日暮していた。