坊っちゃん - 【七】 - 《113》
もっとも風呂《ふろ》の数はたくさんあるのだから、同じ汽車で着いても、同じ湯壺で逢うとは極まっていない。
別段不思議にも思わなかった。
風呂を出てみるといい月だ。
町内の両側に柳《やなぎ》が植《うわ》って、柳の枝《えだ》が丸《ま》るい影を往来の中へ落《おと》している。
少し散歩でもしよう。
北へ登って町のはずれへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当りがお寺で、左右が妓楼《ぎろう》である。
山門のなかに遊廓《ゆうかく》があるなんて、前代未聞の現象だ。
ちょっとはいってみたいが、また狸から会議の時にやられるかも知れないから、やめて素通りにした。
門の並びに黒い暖簾《のれん》をかけた、小さな格子窓《こうしまど》の平屋はおれが団子を食って、しくじった所だ。
丸提灯《まるぢょうちん》に汁粉《しるこ》、お雑煮《ぞうに》とかいたのがぶらさがって、提灯の火が、軒端《のきば》に近い一本の柳の幹を照らしている。
食いたいなと思ったが我慢して通り過ぎた。