坊っちゃん - 【七】 - 《114》
しかし自分の許嫁《いいなずけ》が他人に心を移したのは、なお情ないだろう。
うらなり君の事を思うと、団子は愚《おろ》か、三日ぐらい断食《だんじき》しても不平はこぼせない訳だ。
本当に人間ほどあてにならないものはない。
あの顔を見ると、どうしたって、そんな不人情な事をしそうには思えないんだが――うつくしい人が不人情で、冬瓜《とうがん》の水膨《みずぶく》れのような古賀さんが善良な君子なのだから、油断が出来ない。
淡泊《たんぱく》だと思った山嵐は生徒を煽動《せんどう》したと云うし。
生徒を煽動したのかと思うと、生徒の処分を校長に逼《せま》るし。
厭味《いやみ》で練りかためたような赤シャツが存外親切で、おれに余所《よそ》ながら注意をしてくれるかと思うと、マドンナを胡魔化《ごまか》したり、胡魔化したのかと思うと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云うし。
いか銀が難癖《なんくせ》をつけて、おれを追い出すかと思うと、すぐ野だ公が入《い》れ替《かわ》ったり――どう考えてもあてにならない。
こんな事を清にかいてやったら定めて驚く事だろう。
箱根《はこね》の向うだから化物《ばけもの》が寄り合ってるんだと云うかも知れない。