坊っちゃん - 【六】 - 《96》
沖《おき》へ行って肥料《こやし》を釣ったり、ゴルキが露西亜《ロシア》の文学者だったり、馴染《なじみ》の芸者が松《まつ》の木の下に立ったり、古池へ蛙《かわず》が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑《の》み込むのも精神的娯楽だ。
そんな下さらない娯楽を授けるより赤シャツの洗濯《せんたく》でもするがいい。
あんまり腹が立ったから「マドンナに逢《あ》うのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。
すると今度は誰も笑わない。
妙な顔をして互《たがい》に眼と眼を見合せている。
赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。
それ見ろ。
利いたろう。
ただ気の毒だったのはうらなり君で、おれが、こう云ったら蒼い顔をますます蒼くした。