坊っちゃん - 【六】 - 《95》
それなら、それでいいから、初手から蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇《やと》うがいい。
だんまりで辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令《ふれ》を出すのは、おれのような外に道楽のないものにとっては大変な打撃だ。
すると赤シャツがまた口を出した。
「元来中学の教師なぞは社会の上流にくらいするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。
その方に耽《ふけ》るとつい品性にわるい影響《えいきょう》を及ぼすようになる。
しかし人間だから、何か娯楽《ごらく》がないと、田舎《いなか》へ来て狭《せま》い土地では到底|暮《くら》せるものではない。
それで釣《つり》に行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚《こうしょう》な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」