坊っちゃん - 【八】 - 《121》
野芹川で逢《あ》った翌日などは、学校へ出ると第一番におれの傍《そば》へ来て、君今度の下宿はいいですかのまたいっしょに露西亜《ロシア》文学を釣《つ》りに行こうじゃないかのといろいろな事を話しかけた。
おれは少々|憎《にく》らしかったから、昨夜《ゆうべ》は二返逢いましたねと云《い》ったら、ええ停車場《ていしゃば》で――君はいつでもあの時分|出掛《でか》けるのですか、遅いじゃないかと云う。
野芹川の土手でもお目に懸《かか》りましたねと喰《く》らわしてやったら、いいえ僕《ぼく》はあっちへは行かない、湯にはいって、すぐ帰ったと答えた。
何もそんなに隠《かく》さないでもよかろう、現に逢ってるんだ。
よく嘘《うそ》をつく男だ。
これで中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。
おれはこの時からいよいよ赤シャツを信用しなくなった。
信用しない赤シャツとは口をきいて、感心している山嵐とは話をしない。
世の中は随分妙《ずいぶんみょう》なものだ。