坊っちゃん - 【八】 - 《126》
世間には随分気の知れない男が居る。
家屋敷はもちろん、勤める学校に不足のない故郷がいやになったからと云って、知らぬ他国へ苦労を求めに出る。
それも花の都の電車が通《かよ》ってる所なら、まだしもだが、日向の延岡とは何の事だ。
おれは船つきのいいここへ来てさえ、一ヶ月立たないうちにもう帰りたくなった。
延岡と云えば山の中も山の中も大変な山の中だ。
赤シャツの云うところによると船から上がって、一日《いちんち》馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日《いちんち》車へ乗らなくっては着けないそうだ。
名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。
猿《さる》と人とが半々に住んでるような気がする。
いかに聖人のうらなり君だって、好んで猿の相手になりたくもないだろうに、何という物数奇《ものずき》だ。