坊っちゃん - 【八】 - 《131》
大きな玄関へ突《つ》っ立って頼むと云うと、また例の弟が取次に出て来た。
おれの顔を見てまた来たかという眼付《めつき》をした。
用があれば二度だって三度だって来る。
よる夜なかだって叩《たた》き起《おこ》さないとは限らない。
教頭の所へご機嫌伺《きげんうかが》いにくるようなおれと見損《みそくな》ってるか。
これでも月給が入らないから返しに来《きた》んだ。
すると弟が今来客中だと云うから、玄関でいいからちょっとお目にかかりたいと云ったら奥《おく》へ引き込んだ。
足元を見ると、畳付《たたみつ》きの薄っぺらな、のめりの駒下駄《こまげた》がある。
奥でもう万歳《ばんざい》ですよと云う声が聞《きこ》える。
お客とは野だだなと気がついた。
野だでなくては、あんな黄色い声を出して、こんな芸人じみた下駄を穿《は》くものはない。