坊っちゃん - 【八】 - 《130》
爺《じい》さんは呑気《のんき》な声を出して謡《うたい》をうたってる。
謡というものは読んでわかる所を、やにむずかしい節をつけて、わざと分らなくする術だろう。
あんな者を毎晩|飽《あ》きずに唸《うな》る爺さんの気が知れない。
おれは謡どころの騒《さわ》ぎじゃない。
月給を上げてやろうと云うから、別段欲しくもなかったが、入らない金を余しておくのももったいないと思って、よろしいと承知したのだが、転任したくないものを無理に転任させてその男の月給の上前を跳《は》ねるなんて不人情な事が出来るものか。
当人がもとの通りでいいと云うのに延岡|下《くんだ》りまで落ちさせるとは一体どう云う了見《りょうけん》だろう。
太宰権帥《だざいごんのそつ》でさえ博多《はかた》近辺で落ちついたものだ。
河合又五郎《かあいまたごろう》だって相良《さがら》でとまってるじゃないか。
とにかく赤シャツの所へ行って断わって来なくっちあ気が済まない。