坊っちゃん - 【九】 - 《151》
五十畳だけに床《とこ》は素敵に大きい。
おれが山城屋で占領《せんりょう》した十五畳敷の床とは比較にならない。
尺を取ってみたら二間あった。
右の方に、赤い模様のある瀬戸物の瓶《かめ》を据《す》えて、その中に松《まつ》の大きな枝《えだ》が挿《さ》してある。
松の枝を挿して何にする気か知らないが、何ヶ月立っても散る気遣いがないから、銭が懸らなくって、よかろう。
あの瀬戸物はどこで出来るんだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里《いまり》ですと云った。
伊万里だって瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへへへへと笑っていた。
あとで聞いてみたら、瀬戸で出来る焼物だから、瀬戸と云うのだそうだ。
おれは江戸っ子だから、陶器《とうき》の事を瀬戸物というのかと思っていた。
床の真中に大きな懸物があって、おれの顔くらいな大きさな字が二十八字かいてある。
どうも下手《へた》なものだ。
あんまり不味《まず》いから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを麗々《れいれい》と懸けておくんですと尋《たず》ねたところ、先生はあれは海屋《かいおく》といって有名な書家のかいた者だと教えてくれた。
海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思っている。