坊っちゃん - 【九】 - 《157》
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」
「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被《ねこっかぶ》りの、香具師《やし》の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。
君は能弁だ。
第一単語を大変たくさん知ってる。
それで演舌《えんぜつ》が出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩《けんか》のときに使おうと思って、用心のために取っておく言葉さ。
演舌となっちゃ、こうは出ない」
「そうかな、しかしぺらぺら出るぜ。
もう一遍やって見たまえ」
「何遍でもやるさいいか。
――ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、椽側《えんがわ》をどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながら馳《か》け出して来た。
「両君そりゃひどい、――逃げるなんて、――僕が居るうちは決して逃《にが》さない、さあのみたまえ。
――いかさま師?――面白い、いかさま面白い。
――さあ飲みたまえ」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。
実はこの両人共便所に来たのだが、酔《よ》ってるもんだから、便所へはいるのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。
酔っ払いは目の中《あた》る所へ用事を拵えて、前の事はすぐ忘れてしまうんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。
さあ飲ましてくれたまえ。
いかさま師をうんと云うほど、酔わしてくれたまえ。
君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを壁際《かべぎわ》へ圧《お》し付けた。
諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗っているのは一つもない。
自分の分を奇麗《きれい》に食い尽《つく》して、五六間先へ遠征《えんせい》に出た奴もいる。
校長はいつ帰ったか姿が見えない。