坊っちゃん - 【九】 - 《159》
そうしてある奴はなんこを攫《つか》む。
その声の大きな事、まるで居合抜《いあいぬき》の稽古《けいこ》のようだ。
こっちでは拳《けん》を打ってる。
よっ、はっ、と夢中《むちゅう》で両手を振るところは、ダーク一座の操人形《あやつりにんぎょう》よりよっぽど上手《じょうず》だ。
向うの隅《すみ》ではおいお酌《しゃく》だ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。
どうもやかましくて騒々しくってたまらない。
そのうちで手持無沙汰《てもちぶさた》に下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。
自分のために送別会を開いてくれたのは、自分の転任を惜《おし》んでくれるんじゃない。
みんなが酒を呑《の》んで遊ぶためだ。
自分独りが手持無沙汰で苦しむためだ。
こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどましだ。