坊っちゃん - 【九】 - 《164》
するとうらなり君は今日は私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご遠慮《えんりょ》なくと動く景色もない。
なに構うもんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。
気狂会《きちがいかい》です。
さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。
日清談判だ。
帰せないと箒を横にして行く手を塞《ふさ》いだ。
おれはさっきから肝癪《かんしゃく》が起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり拳骨《げんこつ》で、野だの頭をぽかりと喰《く》わしてやった。
野だは二三秒の間毒気を抜かれた体《てい》で、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。
お撲《ぶ》ちになったのは情ない。
この吉川をご打擲《ちょうちゃく》とは恐れ入った。
いよいよもって日清談判だ。
とわからぬ事をならべているところへ、うしろから山嵐が何か騒動《そうどう》が始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見て、いきなり頸筋《くびすじ》をうんと攫《つか》んで引き戻《もど》した。
日清……いたい。
いたい。
どうもこれは乱暴だと振りもがくところを横に捩《ねじ》ったら、すとんと倒《たお》れた。
あとはどうなったか知らない。
途中《とちゅう》でうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。