坊っちゃん - 【一】 - 《21》
おれの来たのを見て起き直るが早いか、坊《ぼ》っちゃんいつ家《うち》をお持ちなさいますと聞いた。
卒業さえすれば金が自然とポッケットの中に湧いて来ると思っている。
そんなにえらい人をつらまえて、まだ坊っちゃんと呼ぶのはいよいよ馬鹿気ている。
おれは単簡に当分うちは持たない。
田舎へ行くんだと云ったら、非常に失望した容子《ようす》で、胡麻塩《ごましお》の鬢《びん》の乱れをしきりに撫《な》でた。
あまり気の毒だから「行《ゆ》く事は行くがじき帰る。
来年の夏休みにはきっと帰る」と慰《なぐさ》めてやった。
それでも妙な顔をしているから「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後《えちご》の笹飴《ささあめ》が食べたい」と云った。
越後の笹飴なんて聞いた事もない。
第一方角が違う。
「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。
「西の方だよ」と云うと「箱根《はこね》のさきですか手前ですか」と問う。
随分持てあました。