坊っちゃん - 【一】 - 《22》
来る途中《とちゅう》小間物屋で買って来た歯磨《はみがき》と楊子《ようじ》と手拭《てぬぐい》をズックの革鞄《かばん》に入れてくれた。
そんな物は入らないと云ってもなかなか承知しない。
車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの顔をじっと見て「もうお別れになるかも知れません。
随分ご機嫌《きげん》よう」と小さな声で云った。
目に涙《なみだ》が一杯《いっぱい》たまっている。
おれは泣かなかった。
しかしもう少しで泣くところであった。
汽車がよっぽど動き出してから、もう大丈夫《だいしょうぶ》だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。
何だか大変小さく見えた。