坊っちゃん - 【二】 - 《26》
茶代をやらないと粗末《そまつ》に取り扱われると聞いていた。
こんな、狭《せま》くて暗い部屋へ押《お》し込めるのも茶代をやらないせいだろう。
見すぼらしい服装《なり》をして、ズックの革鞄と毛繻子《けじゅす》の蝙蝠傘《こうもり》を提げてるからだろう。
田舎者の癖に人を見括《みくび》ったな。
一番茶代をやって驚《おどろ》かしてやろう。
おれはこれでも学資のあまりを三十円ほど懐《ふところ》に入れて東京を出て来たのだ。
汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほどある。
みんなやったってこれからは月給を貰《もら》うんだから構わない。
田舎者はしみったれだから五円もやれば驚《おど》ろいて眼を廻《まわ》すに極《きま》っている。
どうするか見ろと済《すま》して顔を洗って、部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。
盆《ぼん》を持って給仕をしながら、やににやにや笑ってる。
失敬な奴だ。
顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。
これでもこの下女の面《つら》よりよっぽど上等だ。
飯を済ましてからにしようと思っていたが、癪《しゃく》に障《さわ》ったから、中途《ちゅうと》で五円|札《さつ》を一|枚《まい》出して、あとでこれを帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔をしていた。
それから飯を済ましてすぐ学校へ出懸《でか》けた。
靴《くつ》は磨《みが》いてなかった。