坊っちゃん - 【三】 - 《35》
教場へ出ると今度の組は前より大きな奴《やつ》ばかりである。
おれは江戸《えど》っ子で華奢《きゃしゃ》に小作りに出来ているから、どうも高い所へ上がっても押《お》しが利かない。
喧嘩《けんか》なら相撲取《すもうとり》とでもやってみせるが、こんな大僧《おおぞう》を四十人も前へ並《なら》べて、ただ一|枚《まい》の舌をたたいて恐縮《きょうしゅく》させる手際はない。
しかしこんな田舎者《いなかもの》に弱身を見せると癖《くせ》になると思ったから、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。
最初のうちは、生徒も烟《けむ》に捲《ま》かれてぼんやりしていたから、それ見ろとますます得意になって、べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中《まんなか》に居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。
そら来たと思いながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣《や》って、おくれんかな、もし」と云った。
おくれんかな[#「おくれんかな」に傍点]、もし[#「もし」に傍点]は生温《なまぬ》るい言葉だ。
早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等《きみら》の言葉は使えない、分《わか》らなければ、分るまで待ってるがいいと答えてやった。
この調子で二時間目は思ったより、うまく行った。
ただ帰りがけに生徒の一人がちょっとこの問題を解釈をしておくれんかな、もし、と出来そうもない幾何《きか》の問題を持って逼《せま》ったには冷汗《ひやあせ》を流した。
仕方がないから何だか分らない、この次教えてやると急いで引き揚《あ》げたら、生徒がわあと囃《はや》した。
その中に出来ん出来んと云う声が聞《きこ》える。
箆棒《べらぼう》め、先生だって、出来ないのは当り前だ。
出来ないのを出来ないと云うのに不思議があるもんか。
そんなものが出来るくらいなら四十円でこんな田舎へくるもんかと控所へ帰って来た。
今度はどうだとまた山嵐が聞いた。
うんと云ったが、うんだけでは気が済まなかったから、この学校の生徒は分らずやだなと云ってやった。
山嵐は妙《みょう》な顔をしていた。