坊っちゃん - 【五】 - 《57》
おれは考えた。
こいつは魚に相違ない。
生きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。
しめた、釣れたとぐいぐい手繰《たぐ》り寄せた。
おや釣れましたかね、後世|恐《おそ》るべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほどしか、水に浸《つ》いておらん。
船縁から覗《のぞ》いてみたら、金魚のような縞《しま》のある魚が糸にくっついて、右左へ漾《ただよ》いながら、手に応じて浮き上がってくる。
面白い。
水際から上げるとき、ぽちゃりと跳《は》ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。
ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れない。
捕《つら》まえた手はぬるぬるする。
大いに気味がわるい。
面倒だから糸を振《ふ》って胴《どう》の間《ま》へ擲《たた》きつけたら、すぐ死んでしまった。
赤シャツと野だは驚ろいて見ている。
おれは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。
まだ腥臭《なまぐさ》い。
もう懲《こ》り懲《ご》りだ。
何が釣れたって魚は握《にぎ》りたくない。
魚も握られたくなかろう。
そうそう糸を捲いてしまった。