坊っちゃん - 【六】 - 《82》
黒い皮で張った椅子《いす》が二十|脚《きゃく》ばかり、長いテーブルの周囲に並《なら》んでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。
そのテーブルの端《はじ》に校長が坐《すわ》って、校長の隣りに赤シャツが構える。
あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操《たいそう》の教師だけはいつも席末に謙遜《けんそん》するという話だ。
おれは様子が分らないから、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込《こ》んだ。
向うを見ると山嵐と野だが並んでる。
野だの顔はどう考えても劣等だ。
喧嘩はしても山嵐の方が遥《はる》かに趣《おもむき》がある。
おやじの葬式《そうしき》の時に小日向《こびなた》の養源寺《ようげんじ》の座敷《ざしき》にかかってた懸物はこの顔によく似ている。
坊主《ぼうず》に聞いてみたら韋駄天《いだてん》と云う怪物だそうだ。
今日は怒《おこ》ってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ、時々おれの方を見る。
そんな事で威嚇《おど》かされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。
おれの眼は恰好《かっこう》はよくないが、大きい事においては大抵な人には負けない。
あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ。